薬剤師やってます。

勤務・薬局経営を経験した薬剤師が業界の話題からつぶやきます。子供を亡くしたため、精神世界のハナシもあるかも。

マインド・コントール

マインド・コントロール

無意識に働きかけ、行動を操作する。
言い換えれば、無意識に作業が行われるために、考えなくても情報を取り入れ、合理的に行動できる、とも言える。
意識上、同時にできることはせいぜい40くらいという。
無意識に能が行なっている作業は無数。
左脳の仕事は、無意識の作業を言語に変える役目なのだといわれている。

左脳=意識、右脳=無意識  と言えるかどうかは疑問だが
無意識に行われる作業(自動化)は根本的には遺伝により決定されるのだろうし、
という事は、45億年の経験の賜物、という事だ。

であれば、「コントロールされた」というより、影響を受けるべくして受けた、と言った方がよい。
たまたま、オウム真理教サリン事件のような結果になってしまった。
エラーのうちなのかもしれない。

ホームページのデザインを変えて、人を誘導しやすくする、
テレビCMにサブリミナル効果を挿入し、誘導しやすくする、
それらは、技術であり、操作しているわけではないと言っても良いだろう。


しかし、遺伝子操作はどうだろう?
能にチップを埋め込んで化学伝達物質の分泌量を操作するというのは?

そこまでいくと、個人の特徴は書き変えられ、別の人格になってしまうのではないか?
そして、どこまでが社会的と言えるか、なんて、人に決定できるものではない。

例えば殺人犯にチップを埋め込んでアドレナリンの分泌量を調整し、穏やかな人格となった人がいたとしたら、
もしそれにょり社会的に適応できたとしても、もう、別人なのではないだろうか?

 

 

「自我の覚醒」を経験したのは確か中学生の頃。
しかし、人を真似る、人をだます事ができる乳児の頃、すでに自と他を区別する事ができるのだという。
又、時々味わった、自分の体から意識が離れ空中に浮かんでいるような体験、
それはシナプス結合が未熟で、「自分」の認識が甘くなっていたためらしい。
大人になってからは、そのような不思議な経験はやって来ない。
ドキドキすることは少なくなり、失敗や変更も想定内、自分の知っているパターン内、という事が多くなった。
そして改めて、自我というものを考えてみる。
自我と社会、
宇宙とヒューマン

遺伝子プールと小さい自分
自分は小さい。限りなく小さいと感じる。